終わりの制服──3万円、DVD、そして狂い出した人生
──夜が明けていた。
ホテルの窓から差し込む薄い光が、ベッドに横たわる遥の身体を静かに照らしている。
乱れた制服は、もう着るものというより残酷な記号にしか見えなかった。シャツの胸元には涙と汗、精液と体液の染み。スカートは膝までずり下がり、切り裂かれたストッキングはぼろぼろ。
手首には昨夜の男たちの力強い痕跡が、赤く帯状に残っていた。
耳にはまだ、あの夜の低い喘ぎやバイブの振動、シャッターの音が残響している。
尻奥には未だに異物感と熱が残り、膣の奥には幾度も注ぎ込まれた精液が冷え切って重く沈んでいる。
遥はベッドの端で、制服の裾を握りしめたまま、ひろしが部屋の隅で冷たい声を出すのを聞いていた。
「お疲れ。……これ、渡しとくわ」
テーブルの上に、三万円の現金が無造作に置かれる。
茶色の封筒は、昨日まで遥が手にしたどんなものよりも重苦しく、そして軽薄だった。
遥は、うつろな目でその紙幣を見つめた。
生きていくための金。
昨夜、身体のすべてと涙のすべてと誇りのすべてを差し出して、得た金額。
けれど、その札束は、遥の心を少しも満たすことはなかった。
ベッドの脇に転がる、使用済みのコンドームやティッシュ、引き裂かれたストッキングの破片。
ホテルの室内は、生々しい汗と精液と香水と女の涙の匂いに満ちていた。
ひろしは荷物をまとめながら、最後にカメラを持ち上げる。
「今日の分、良い絵が撮れたからな……また、よろしくな」
その言葉が、遠くで小さく響いた。
遥は答えることもできなかった。
ただ、首を横に振ることすらできず、じっと俯くだけ。
玄関のドアが閉まり、静寂がホテルの一室を包み込んだ。
遥はゆっくりと立ち上がり、鏡台の前に向かった。
乱れた髪と、涙の跡、腫れたまぶた、制服のボタンの隙間から覗く、昨夜の痕跡。
鏡に映る自分を見ても、何の実感も湧かなかった。
「私、もう……戻れない」
心が虚ろに囁く。
着替えも化粧もせず、遥はただそのまま外へ出た。
小さな茶色の封筒だけを手に持って。
足元はふらつき、痛む下腹部と尻をかばいながら歩く。
朝の通勤ラッシュ、誰も遥のことなど気に留めない。
「早く、家に帰りたい……消えてしまいたい……」
けれど、家に帰っても、身体に染みついた匂いも、耳の奥に残る声も、瞼の裏に焼きついた映像も、ひとつも消えなかった。
夜になり、遥はスマホを開いた。
何気なくネットを眺めていたはずなのに、不意にそのサムネイルが目に飛び込んでくる。
【新作】清楚OL・制服のまま輪姦バイブ羞恥──生撮り・本番・顔出し
DVDのパッケージには、遥が制服のまま涙を流し、男たちに囲まれている姿が、そのまま切り取られていた。
「……嘘……」
遥は震える指でページをスクロールする。
サンプル映像には、遥がベッドの上で後背位にされ、バイブを尻に咥え、涙を流して喘ぐ様子が、至近距離から何度も再生されていた。
声も顔も、制服も、名札も、全て鮮明。
それがネットで流れ、見知らぬ誰かに笑われ、値段がつけられている現実。
遥は思わずスマホを落とした。
部屋の中で、全身の力が抜けて床に座り込む。
「やだ、やだ、やだ……誰にも見られたくなかったのに……」
そのまま朝まで、何もできずにいた。
──週明け、遥は会社に出勤した。
オフィスの空気はどこか重く、すれ違う同僚や上司の目が妙によそよそしい。
遥は机に座り、パソコンの電源を入れる。
けれど、視線を感じる。
トイレに行くと、背後から小声のささやきが聞こえる。
「……あの子だよ、ネットに……」「まさか本当に本人だったなんて……」
遥は洗面台の前で、鏡に映る自分の顔を見つめた。
制服も、笑顔も、昨日までの日常も、すでに全部壊れている。
同僚たちがスマホを見せ合いながら、時折こっちを盗み見ては、ヒソヒソ声を漏らす。
上司の目線もどこか冷たく、以前のように優しく声をかけてくる人はいなくなっていた。
「私、もうここにはいられない……」
遥は席に戻ると、震える手で辞表を書いた。
上司に手渡すときも、誰も彼女の目を見ようとしなかった。
帰り道、吐き気と寒気が遥を襲った。
ここ数日、生理が来ていないことに気が付く。
万が一の不安が、遥の心を締めつける。
夜、コンビニで妊娠検査薬を買った。
風呂場で服を脱ぎ、恐る恐るスティックに尿をかける。
時間が経つのが異様に遅く感じられた。
やがて、スティックの窓に二本線が浮かぶ。
陽性。
遥はその場で座り込み、力なく嗚咽を漏らした。
「……嘘……誰の子なの……?」
涙が止まらない。
あの夜、自分の中に何度も何度も注がれた精液。
童貞男も、中年男も、誰も避妊など気にしなかった。
あのDVDの映像が、遥の脳裏に繰り返し蘇る。
スカートをめくられ、制服のまま何人もの男に身体を突き崩され、
カメラの前で涙を流しながら絶望に打ちひしがれている自分。
今、腹の中で静かに育ちはじめている命は、
誰の子なのか、遥にはまったくわからなかった。
友達も、家族も、もう誰にも相談できない。
会社にも居場所はなく、部屋に一人きり、
遥は毛布にくるまりながら、
自分の鼓動と涙の音だけを聴き続けていた。
「私、どうして……どうして、あんなことを……」
──始まりは、一度の万引きだった。
たった一度、些細な過ち。
「これくらいなら、バレないだろう」
そんな油断が、
遥の人生を、すべて狂わせてしまった。
あの夜、コンビニで、ひろしに腕を掴まれた時。
あの時、ほんの少し勇気を出して「ごめんなさい」と謝っていれば、
きっと、こんな地獄に堕ちることはなかった。
だが、過去は決して戻らない。
遥の名前も、制服も、涙も、身体も、
すべてがネットの闇と、誰かの卑しい手の中で、
ただただ弄ばれていく。
今も、遥の顔はDVDパッケージで晒されている。
「清楚系OL」「初撮り」「涙」「バイブ」「輪姦」「制服」
そんな言葉で、値段がつけられて、
無数の知らない人たちに消費されていく。
ベッドの上、涙の跡が乾ききらない枕に顔を埋め、
遥はただ静かに嗚咽した。
もう、自分の人生は、
誰にも手を差し伸べてもらえないところまで、
壊れてしまった。
彼女の腹の奥で育つ命にさえ、遥は、
「ごめんなさい」と小さく繰り返すことしかできなかった。
「私の人生は、一度の過ちから、全部狂ってしまったんだ──」
──完。


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