静止した夜、溶けゆく純情と快楽の狭間で
夜のオフィスには、パソコンの稼働音と空調の静かな唸りだけが響いていた。
机に向かい、資料をまとめる遥の指先は、細く美しい。
彼女はまだ社会に出たばかりの新人OL。「どうして私だけ、こんなに残業……」と、弱々しく呟きながらも、地味で控えめなスーツの袖口をきゅっと握りしめていた。
遥は男性と目を合わせることさえ苦手だった。
誰かに近づかれるだけで、心臓が跳ね上がる。
恋愛も、キスも、遠い世界のこと。交際経験はゼロ。
純粋無垢な身体は、まだ誰のものでもなかった。
その夜――
いつの間にか、彼女の背後には課長・ひろしの影が忍び寄っていた。
大柄で落ち着いた雰囲気のひろしは、遥とは対照的に堂々とした大人の男。
だが、その瞳の奥には、誰も知らない異能が潜んでいる。
彼は、「時を止める力」を密かに持っていたのだ。
ひろしは、そっと腕時計のボタンを押した。
――その瞬間、空気が歪み、すべての音が消える。
世界は完全に静止した。
遥の手も、まばたきも、動かない。
椅子に座ったまま、静かに息を止めたような遥。
だが、ひろしの前でだけ、時間は滑らかに流れ続ける。
「さて……遥。今日は特別な夜にしてあげるよ」
(何も知らない君の、柔らかな唇を)
ひろしは机を回り込み、静止した遥の横顔に見惚れる。
整った輪郭、伏し目がちな睫毛、薄く閉じた唇――初々しい色香。
触れるだけで壊れてしまいそうなその唇を、深く、ねっとりと奪う準備をする。
ひろしの指先が遥の顎をそっと持ち上げ、顔を正面に向ける。
彼女は何もできず、無抵抗のまま、静止したまま。
だが、身体の奥底には、やがて快感が降り積もる予感が満ちていた。
ひろしは遥の唇に自分の唇を重ねる。
ねっとりと、湿り気を帯びた舌が、遥の口内を丹念に舐め回す。
遥の柔らかな舌を絡めとり、粘膜の奥深くまで、じっくり、じっくりと味わい尽くす。
空気が密やかに震え、唾液が遥の唇の端からつっと流れる。
ひろしは遥の頬に手を添え、さらに深く、貪るように口づけを重ねていく。
ちゅっ、ちゅっ、くちゅ――
粘りつく音が、誰もいないオフィスに小さく響く。
「君のこんな表情、誰も見たことがないだろう?」
(遥の、無垢な口の中……この味、全て俺だけのものだ)
ひろしの手は遥の肩を優しく抱きしめる。
柔らかなスーツ越しに伝わる体温。
遥の身体は無意識のまま、敏感な反応を蓄積していた。
時が止まったままの空間で、ひろしは遥の口内を隅々まで舌で探る。
遥の舌は、強くも弱くもできず、ただされるがままにされている。
だが、感覚だけはしっかりと奥底に溜まり、積もっていく。
ひろしの手が遥の髪を梳き、耳元に唇を寄せる。
そっと囁く。
「時が動き出したら、どんな声をあげるのかな……遥」
彼の舌先は遥の耳たぶを舐め、軽く噛む。
スーツの襟元に、指先がそっと触れる。
ほんの少しだけ、シャツのボタンを緩めて、白い首筋に口づけを落とす。
(これも、君には抗えない……)
遥の敏感な首筋を、ひろしの舌がなぞる。
その間も、遥の身体は静止したまま。
だが、快楽はまるでスパークするように、静かに、確実に蓄積されていくのだった。
そして――
ひろしは遥の頬を撫でながら、もう一度深く、濃厚なキスを落とす。
「……さあ、目覚めてごらん」
ひろしは腕時計のボタンをそっと押し戻す。
世界が再び動き出す。
空調の音が戻り、パソコンの画面が点滅を始める。
遥のまばたきがゆっくりと始まり、指先が小さく震えた。
その瞬間、全身に一気に流れ込む快感――
まるで、体中が火照り、痺れるような感覚に襲われる。
「っ、あっ……な、なに……?!」
遥は反射的に唇に手を当てる。
口内には残る粘り、火照った頬。
誰も触れていないはずなのに、敏感な唇から、じんじんと快楽が広がっていた。
「どうして、こんな……っ、からだが……っ」
遥は震える手で机を掴み、顔を俯ける。
自分でも理解できない熱が、全身を駆け巡る。
耳の奥まで、羞恥で真っ赤に染まっていく。
「……誰か、見てないよね……?」
遥は恐る恐る周囲を見回すが、誰もいない。
ただ、自分の身体がまだ微かに震えていることだけが、異常な夜を物語っていた。
パソコン画面に映る自分の顔は、赤く火照り、濡れた唇が妖艶に艶めいている。
遥は慌ててハンカチで口元を拭う。
だが、その手もまた、小刻みに震えていた。
「わたし……いったい、どうしちゃったの……」
遥の純情は、誰にも気づかれぬまま、ひろしの異能によって少しずつ侵されていく。
この夜の出来事が、やがて彼女の中で新しい快感として芽吹いていくことを、まだ誰も知らない。
だが、ひろしの視線は、また新たな欲望で遥を見つめていた。
(また時を止めて――もっと深く、君を味わいたい)
夜のオフィスは、静かに、淫らな熱を含んだまま、朝を待っていた。
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