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【静止した夜のオフィス】時を止められた新人OL遥、無自覚の初めての口づけ
深夜のオフィスには、パソコンの無機質な稼働音と、空調の力ないうなり声だけが低く響いていた。
外を走る車のヘッドライトが、時折ビルの窓を白く舐めていくが、それさえも遠い異界の出来事のように感じられる。
机に向かい、山積みになった資料の束をまとめようと悪戦苦闘する遥の指先は、細く白く、どこか頼りない。
新卒として社会に出たばかりの新人OLである彼女は、まだ会社のペースに追いつけず、こうして誰もいない静まり返ったフロアで、一人残業をこなす日々を送っていた。
冷え切った空気の中で、カタカタというキーボードを叩く音だけが、彼女の焦りと孤独を際立たせるように響いている。
(どうしてわたしだけこんなに残業ばかりなんだろう)
誰もいない空間で心の中で弱々しく呟きながらも、地味で慎ましやかなグレーのスーツの袖口をきゅっと握りしめ、自分を奮い立たせるようにモニターと睨み合っていた。
疲労で視界がぼやけ始める中、カチ、カチというマウスのクリック音だけが、彼女の孤独と焦燥を静かに強調していく。
デスク脇のマグカップに残ったコーヒーは、すっかり冷え切って、油膜のような光沢を鈍く反射している。
大きくため息をつき、遥は凝り固まった肩を回そうと小さく身じろぎした。
遥は、極度に男性と目を合わせることさえ苦手だった。
大学時代も、誰かに少し近づかれるだけで心臓が跳ね上がり、呼吸が浅くなる。
恋愛も、キスも、彼女にとってはドラマや小説の中だけの、遠く霞んだ世界のことでしかない。
交際経験はゼロ。
純粋無垢な身体は、まだ誰の手垢にもまみれていない、手付かずの蕾のままだった。
男性の大きな手や、低い声、体格差を想像するだけで、本能的な恐怖と緊張で背筋がぞわりと粟立ち、身体が強張ってしまうほどに、彼女は男性という存在に対して幼く、未熟であった。
だからこそ、この夜の異常な出来事は、彼女の人生を根本から狂わせる引き金となるのだった。
その夜――。
いつの間にか、彼女の背後には課長・ひろしの影が、音もなく忍び寄っていた。
大柄で落ち着いた雰囲気のひろしは、普段から部下に慕われる、堂々とした大人の男。
だが、その瞳の奥には、誰も知らない異能が、暗くどす黒い欲望と共に潜んでいる。
彼は、「時を止める力」を密かに我が物としていたのだ。
ひろしにとって、この力は己の欲望を静かに満たすための、絶対的な特権であった。
そして今夜の獲物は、無防備に背中を晒している、純情な新人OLの遥。
ひろしは、遥の背後およそ一メートルの距離で音もなく立ち止まり、そっと腕時計の側面に隠された小さなボタンを押した。
――その瞬間、空気がぐにゃりと歪み、すべての音がパタリと消え去る。
空調の唸りも、パソコンの微かな駆動音も、遥自身の細やかな呼吸音さえも。
世界は完全に、そして絶対的に静止した。
遥のタイピングのために浮いていた指先も、モニターの光を反射する瞬きの途中の睫毛も、動かない。
椅子に浅く腰掛け、ほんの少し前かがみになった姿勢のまま、まるで精巧な蝋人形のように、静かに息を止めたような遥。
空中に舞っていた微細な埃の一粒一粒までもがピタリと止まり、絶対的な静寂が支配する。
だが、ひろしの前でだけ、時間は滑らかに、そして残酷なまでに悠々と流れ続けていた。
「さて……遥。今日は特別な夜にしてあげるよ」
ひろしの低い声は、誰の鼓膜も揺らさずに静止した空間へと溶けていく。
ひろしは机の角をゆっくりと回り込み、静止した遥の真正面にじりじりと立った。
そして、その横顔から正面の顔へと、嘗め回すように視線を這わせる。
整った輪郭、伏し目がちな睫毛の繊細な影、化粧気の薄い頬に浮かぶ産毛のうっすらとした金色、そして何より、薄く閉じた無防備な唇――。
化粧っ気のないその唇は、本来の血色だけで淡い桜色に染まっており、初々しい色香を静かに放っている。
触れるだけで壊れてしまいそうなその唇を、深く、ねっとりと奪い尽くす準備をするひろしの喉仏が、ゴクリと大きく上下した。
ひろしの分厚い指先が、遥の華奢な顎をそっと持ち上げ、顔を無理やり正面に向けさせる。
彼女は何もできず、まばたき一つすることも叶わず、無抵抗のまま、ただ静止している。
瞳はモニターの光を映したまま虚ろに固定されているが、その身体の奥底には、やがて強烈な違和感とともに快感が降り積もる予感が、確実に満ち始めていた。
顎に触れる男の分厚く硬い指先の感触は、静止という呪縛を抜け、遥の皮膚の下へとじっとりと染み込んでいく。
ひろしは遥の顔に自分の顔を近づけ、その桜色の唇に、自分の唇をゆっくりと、しかし力強く押し当てる。
柔らかく弾力のある感触。
遥の唇は、突然の異物の接触に驚くこともできず、ただひろしの体温と圧迫感を受け入れるしかない。
ひろしのねっとりと、湿り気を帯びた舌が、閉ざされた遥の唇の隙間を無理やり押し開くようにして這う。
硬く閉じられていた歯列をなぞり、その奥へと侵入を果たす。
遥の口内は、他者の侵入を許したことのない、完全な聖域だった。
ひろしの舌は、遥の小ぶりで柔らかな舌を絡めとり、抵抗できないそれを、じっくりと蹂躙していく。
上顎をなぞり、歯の裏側を舐め上げ、粘膜の奥深くまで、じっくり、じっくりと、まるで所有印を刻み込むように味わい尽くす。
温かく、ひどく生々しい肉の感触が、静止した遥の口腔内で暴れ回る。
空気が密やかに震え、二人の口元から唾液が混ざり合い、遥の唇の端から一筋、つっと顎を伝って流れ落ちる。
ひろしは遥の頬に分厚い手を添え、逃げ場を完全に塞いだ上で、さらに深く、貪るように口づけを重ねていく。
じゅぷ……ちゅる……くちゅ……。
粘りつくような、ひどく卑猥な水音が、誰もいない、そして時の止まったオフィスに小さく響き渡る。
ひろしの荒い鼻息が、遥の頬を熱く撫でていく。
「君のこんな無防備な表情、誰も見たことがないだろう?」
ひろしのもう片方の手は、遥の華奢な肩を優しく、しかし逃さぬように抱きしめる。
地味なポリエステル製のスーツ越しに伝わる、遥の微かな体温。
遥の身体は静止という呪縛に囚われた無意識のまま、細胞の一つ一つが他者の熱と侵入に対する敏感な反応を、恐怖と戸惑いと共にじわりと蓄積していた。
脳が処理できないほどの絶対的な異物感と圧迫感が、口内から全身へと波紋のように広がっていく。
時が止まったままの異常な空間で、ひろしは遥の口内を隅々まで、何度も何度も舌で探り、舐め回す。
遥の舌は、押し返すことも逃げることもできず、ただ巨大な肉の塊にされるがままに揉みくちゃにされている。
息をすることすら忘れた肺の奥底に、感覚だけが、ひどく生々しく、重たく、澱のようにしっかりと溜まり、積もっていく。
それは純粋な快感というにはあまりにも重苦しく、暴力的なまでの他者の存在感であった。
やがてひろしは、満足げに唇を離すと、今度は遥のサラサラとした髪を梳き、その耳元に唇を寄せる。
そして、わざと湿った息を吹きかけながら、そっと囁く。
「時が動き出したら、君はどんな声をあげるのかな……遥。泣くのか、それとも……」
彼のざらついた舌先は、遥の冷え切った耳たぶを舐め上げ、軽く、跡を残すように甘噛みする。
鋭い痛みが走るはずだが、遥の表情はピクリとも変わらない。
続いて、ひろしの指先がスーツの襟元にそっと触れる。
ブラウスの第一ボタンに指を掛け、ほんの少しだけそれを緩める。
現れた真っ白で華奢な首筋に、ひろしは己の唇を押し当て、強く吸い上げるように口づけを落とす。
ちゅ、と赤い鬱血の跡が、その純白の肌に無残に刻み込まれる。
遥の敏感な首筋を、ひろしの熱い舌が執拗になぞる。
その間も、遥の身体は微塵も動かず、静止したまま。
だが、その皮膚の下では、痛みとも、くすぐったさともつかない、得体の知れない快楽の種がまるでスパークするように、静かに、確実に、そして暴力的に蓄積されていくのだった。
それは、処女である彼女の身体が決して知るはずのなかった、強烈な毒のような刺激。
ひろしは遥の頬を撫で、乱れた前髪を整えてやると、もう一度深く、彼女の唇を塞ぐように濃厚なキスを落とす。
名残惜しそうに舌を絡めた後、ゆっくりと体を離した。
「……さあ、目覚めてごらん。現実に戻る時間だ」
ひろしは、元の位置――遥の背後一メートルの距離に音もなく戻り、腕時計のボタンをそっと押し戻す。
カチッ。
世界が、再び動き出す。
途切れていた空調の唸りが鼓膜を打ち、パソコンの画面が瞬き、マウスのクリック音が室内に響く。
遥の止まっていたまばたきがゆっくりと完了し、キーボードの上に浮いていた指先が小さく震えた。
そして――彼女の脳が「時間」に追いついた瞬間。
直後、全身に一気に流れ込む快感と、圧倒的な情報量の奔流。
まるで、体中が急激に火照り、高圧電流を流されたように痺れるような、暴力的なまでの感覚に襲われる。
口内をかき回された生々しい感触、首筋を吸い上げられた鈍い痛み、そして耳元で囁かれた低く卑猥な声の残響。
それらが、一秒にも満たない瞬きの中で、爆発するように遥の脳内を駆け巡った。
「……っ、あっ……!? ひ、あ……な、なに……!?」
遥は悲鳴にも似た声を上げ、反射的に自分の唇に両手を強く押し当てる。
口内には残る他者の粘り、火照りきった頬、そして首筋に走る微かな痛み。
誰も自分に触れていないはずなのに、目の前にはモニターがあるだけなのに、敏感な唇から、じんじんと、腫れ上がったような熱を持った快楽と痛みが広がっていた。
呼吸が乱れ、肩が激しく上下する。
(どうしてからだがこんなに熱いの)
遥は震える手で机の端を強く掴み、顔を深く俯ける。
自分でも全く理解できない、経験したことのない熱と、吐き気にも似た強烈な違和感が、全身の血液を沸騰させるように駆け巡る。
男性に対する根源的な恐怖と、押し付けられた生々しい接触の記憶が混ざり合い、パニックを引き起こす。
耳の奥まで、羞恥と混乱で真っ赤に染まっていく。
涙腺が緩み、視界が滲む。
心臓が早鐘のように打ち、喉がカラカラに乾いているのに、口の中は他人の唾液で潤っているようなおぞましい錯覚が抜けない。
(気のせいだよね誰かが見ているわけない)
遥は恐る恐る、怯えた小動物のように周囲を見回すが、誰もいない。
背後にいるひろしも、まるでずっとそこで資料を読んでいたかのように、静かに佇んでいるだけだ。
ただ、自分の身体がまだ微かに、しかし確かに震え続けていること、そして口内に残る異物の生々しい感触だけが、彼女の身に起きた異常な夜を残酷なまでに物語っていた。
パソコンの黒い画面に反射して映る自分の顔は、熱で赤く火照り、恐怖に引きつりながらも、濡れた唇がひどく妖艶に艶めいている。
いつも地味で目立たない自分とは違う、まるで汚されてしまった後のような淫らな表情。
遥は慌てて引き出しからハンカチを取り出し、口元を強く、何度も擦るように拭う。
だが、その手もまた、小刻みに震えており、拭えば拭うほどに唇の感覚が鋭敏になっていく気がした。
(わたしどうしちゃったの気持ち悪いでもからだがこんなに熱いなんて)
遥の厳重に守られてきた純情は、誰にも気づかれぬまま、ひろしの持つ凶悪な異能によって、強引に、そして少しずつ侵されていく。
この夜の恐怖と戸惑に満ちた出来事が、やがて彼女の無意識の底で新しい快感として芽吹いていくという絶望的な未来を、まだ誰も知らない。
背後に立つひろしの視線は、獲物を前にした獣のような新たな欲望で、怯えて震える遥の華奢な背中を舐め回すように見つめていた。
夜のオフィスは、誰も知らない秘密と、淫らな熱を濃厚に含んだまま、静かに朝を待っていた。


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