覚醒と従属──操りの微笑み、女王の足枷
世界が、ふたたび静かに動き始める。
ストックルームの奥、冷たいフローリングに、神崎沙耶香は全裸のまま呆然と立ち尽くしていた。
その前に、さりげなく置かれた自分の服――
白いシルクのブラウス、グレイのタイトスカート、レースの下着、ブランドのヒール。
ほんの一瞬前まで、なぜ自分がこうなったのかも分からず、
ただ身体中に焼き付いた快楽の残り火と、熱い射精の感触に全身が包まれていた。
「あ……ぁ、あぁ……いや……っ」
さっきまで以上に、切羽詰まった喘ぎ声が唇からこぼれる。
胸は大きく波打ち、乳首は張り詰め、
秘部はとろけるように濡れている。
全身が、肉体的な絶頂と羞恥で貫かれ、
理性も、品格も、すべてが打ち砕かれていくような錯覚に包まれる。
そのとき、外からドアノブを回す音――
「社長?大丈夫ですか?」「なにかお困りですか?」
スタッフたちの気配が目前に迫る。
「やめてっ、お願い、ドアを……開けないで……!」
声は震え、涙が滲む。
こんな姿を、誰にも見られてはいけない。
心の中で何度も祈り、懇願する。
必死でドアの前に駆け寄り、
「……い、今着替えてるの、お願い、入らないで……!」
声が裏返るほどの必死な叫び。
羞恥と絶望が交じり合い、
ただ自分のプライドを守るために、本能で訴える。
スタッフたちの足音が遠ざかるのを感じながら、
沙耶香は崩れるように床に座り込み、
震える手で服をひとつずつ身に纏い始めた。
――ブラウスは、肌に触れるたび、
そこかしこに残る愛撫の痕をはっきりと思い出させる。
下着のクロッチ部分には、
自分の蜜と、男の熱い証がまだ滲んでいた。
スカートを履き、髪を整え、鏡を見る。
――頬は赤く、唇は濡れて、瞳は涙で潤んでいる。
どうして……
何が、私の身に起きたの……?
覚えているのは、ほんのわずか。
仕事をしていたはずが、突然の快感。
気づけば全裸で、
見知らぬ手に抱かれた記憶の残像だけが、
身体の芯に刻まれている。
まさか……誰かが見ていた?
いや、そんなはずは……
でも、この身体の痕は――
パニックになりかけたそのとき、
沙耶香の頭の中に、
まるで濃霧が流れ込むような、妙な感覚が広がり始めた。
ふっと力が抜け、思考がどこか遠のいていく。
その直後、何かが自分の内側から“指示”を与えてくる――
立ち上がりなさい。
カバンを持って、ここを出なさい。
身体が、勝手に動き始める。
目の奥に浮かぶ薄い靄。
意識の半分は“自分”で、もう半分はどこか操られている。
なにこれ……?私、なんで……?
どうして脚が、勝手に――
心が叫んでも、身体が言うことをきかない……!
沙耶香は無表情のままストックルームを出て、
スタッフたちの質問にも「大丈夫よ」と機械的に答え、
高級ブランドバッグを手に、店舗を出る。
外はまだ昼下がり。
ビル街の太陽は高く、
平穏な都会の喧騒が広がっている。
だが沙耶香の心は、混乱と恐怖でいっぱいだった。
どこに行くの……?
どうして私、勝手に歩いてるの……?
自分の意志を置き去りに、
身体は迷いなく、ある高級ホテルへ向かって歩き続けていた。
「いらっしゃいませ」
ホテルのドアマンに頭を下げ、
ロビーを横切る。
グランドピアノが静かに奏でる音楽、
シャンデリアがきらめく空間。
ビジネスマンやセレブが行き交う昼下がりのラウンジへ――
そこに、ひろしがいた。
ソファ席に腰をかけ、新聞を手に、
まるで旧知の友人を待つかのような落ち着き。
沙耶香は、なぜか“自分の意思”ではないまま、
まっすぐ彼のもとに歩み寄る。
「お待たせしました。
神崎沙耶香です」
――自分の口が勝手に、そんな言葉を発している。
驚き、内心は叫ぶ。
なんで私は、この男の前で自己紹介しているの?
なぜ、こんなにも自然に、微笑みを浮かべているの?
ひろしは、そんな沙耶香を穏やかに見つめる。
「やあ、待っていたよ。
少し話せるかな?」
「はい。もちろんです」
沙耶香の身体は、そのまま自然に席に腰掛け、
慣れた仕草でカップに口をつける。
自分の意思とは裏腹に、完璧なビジネスマナーでその場に溶け込んでいく。
私、どうして、
どうしてこんな風に動いているの……?
誰か、助けて……
ラウンジには、落ち着いた音楽と小さな話し声が響く。
そのなかで沙耶香は、表情だけは穏やかに、
内心は必死に自問を続けていた。
やがて、ひろしが言う。
「部屋をとってくれないか?
できれば最上階のスイートでお願いしたい」
「……かしこまりました」
もう迷いもなく、
沙耶香はすっと立ち上がり、フロントへ向かう。
カードを差し出し、慣れた手つきでチェックイン手続きを済ませる。
自分でも驚くほど、流れるように事務的なやりとり。
言葉も態度も、まるでホテルの常連のよう。
私、どうして――
この男の望むことを、全部叶えてしまってるの……?
どうして、私の意志じゃないのに……!
ルームキーを受け取った沙耶香は、
ふたたびラウンジに戻り、
「お待たせいたしました。
ルームは最上階のスイートをお取りしました。
よろしければ、ご案内いたします」
“案内する”と口にした瞬間、
またも自分の中で、何かがカチリと切り替わる感覚。
ひろしは静かに頷くと、
「ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
と微笑む。
エレベーターのボタンを押し、
最上階へと向かう途中も、沙耶香はずっと心の中で叫び続けていた。
なぜ、私はこの男を招き入れるの?
どうして……どうして……
助けて。
誰か、私を止めて……!
けれど身体は、穏やかな笑顔で、
まるで“自分の望み”であるかのように、
ひろしをエレベーターホールからスイートルームへと案内し続けるのだった。
この一部始終を、ひろしは飽くことなく観察していた。
まるで新しい人形を手に入れた子供のように、
沙耶香の“従属”のプロセスを、すべて味わい尽くして。
沙耶香の自我は崩壊寸前。
だが、この支配の快感は、
まだほんの始まりに過ぎない――
二人は、ついに最上階のスイートルームの前に立つ。
沙耶香はカードキーを翳し、
「どうぞ、お入りください」と扉を開けた。
――物語は、さらなる淫靡な深淵へ。
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