▶ 名前変換:入力フォームを開く
【契約書の罠】遥の撮影:vol.2(友人を身代わりに)
都内の雑居ビルの一室。
窓一つない密室の撮影スタジオに、冷たい静寂と、遥の震える呼吸音だけが響いていた。
目の前に放り投げられた、純白の極小レース下着。
布地というよりもはやただの紐の集まりにしか見えないそれは、清楚系モデルという募集要項が完全に嘘であったことを無慈悲に証明していた。
「……っ……うぅ……っ……」
遥は両腕で自身の身体を抱きしめるようにして、その場にへたり込んでいた。
涙がとめどなく溢れ、フローリングの床に冷たいシミを作っていく。
脱げない。こんな破廉恥な紐のようなものを身につけて、見ず知らずの男たちの前で身体を晒すなんて、絶対に無理だ。
二十年間、真面目に、目立たないように生きてきた彼女にとって、それは死以上の屈辱に思えた。
だが、冷酷なディレクターの男、ひろしは、一切の感情を交えない声で遥に現実を突きつけた。
「泣いても無駄ですよ。契約書にサインしたのはあなた自身です。第8条、自己都合による途中辞退は違約金として50万円。……今すぐここで払えるんですか?」
「む、無理です……っ……そんな大金、学生の私に払えるわけ……」
遥の声は恐怖で激しく震えていた。
親からの仕送りとわずかなアルバイト代で食い繋いでいる彼女に、50万円という金額は天文学的な数字に等しい。
「払えないなら、脱いで撮影するしかないでしょう。簡単なことですよ。その服を脱いで、こちらが用意した衣装を着るだけなんだから」
「……誰か、助けてください……家に帰してください……っ」
遥は首を激しく横に振った。
しかし、後ろには屈強なスタッフが立ち塞がり、逃げ道は完全に断たれている。
絶望的な空気が支配する中、ひろしはふと、意地悪な笑みを口元に浮かべた。
「……どうしても嫌だと言うなら、一つだけ方法がありますよ」
「え……っ?」
「代わりの人間を用意してください。あなたの代わりに、この撮影の『モデル』になってくれる女の子を。そうすれば、あなたの違約金は免除してあげてもいい」
悪魔の囁きだった。
「代わりの、人……?」
「顔の広い友達の一人や二人、いるでしょう? 『割の良い簡単なアルバイトがある』とでも言って、ここに呼べばいい。彼女がスタジオに入った時点で、あなたは自由の身です」
遥の心臓が、と嫌な音を立てて跳ねた。
それは明らかに、他人を騙して罠に嵌める行為だ。
倫理的に絶対に許されないことだと、彼女の理性が警鐘を鳴らす。
「そ、そんなこと……できません……っ……友達を騙すなんて……っ」
「そうですか。じゃあ、諦めて脱ぎなさい。ほら、スタッフ、彼女の服を無理やりにでも剥ぎ取れ」
「ひっ……!? や、やめて……っ!!」
スタッフの男が一歩前に出た瞬間、遥は反射的に悲鳴を上げて後ずさった。
想像を絶する恐怖が、彼女の貧弱な理性をいとも簡単に粉砕した。
自分が凌辱されるか、他人に押し付けるか。
極限の選択を迫られた遥の脳裏に、ふと一人の友人の顔が浮かんだ。
紗香。
大学で一番仲が良く、いつも明るくて少し派手な、気の置けない親友。
「……ごめんなさい……お願い、もうやめてください……っ」
究極の自己保身。
気弱で臆病な遥は、自らの純潔を守るために、最も信じてくれている友人を売るという、取り返しのつかない決断をしてしまった。
「よ、呼びます……っ……友達を、呼びますから……っ……だから、触らないで……っ」
「賢明な判断ですね。ほら、スマートフォンを貸してあげるから、今すぐ電話をかけなさい。なるべく自然な声で、怪しまれないようにね」
震える指で、スマートフォンを受け取る。
画面に紗香の連絡先を表示させるだけで、激しい罪悪感が胸を締め付ける。
しかし、背後に立つ男たちのプレッシャーに耐えきれず、遥はついに通話ボタンを押した。
『もしもしー? 遥、どうしたの?』
スピーカーから聞こえてきた紗香の明るい声。
その無防備な響きに、遥の目から再び涙がこぼれ落ちそうになるのを必死にこらえた。
「あ、あのね……紗香……いま、暇かな……?」
『うん、暇してるよー。今日全休だし』
「実は……すごく条件の良いアルバイトを見つけて……急遽、もう一人モデルが必要になったって言われてて……」
嘘をつく声が、かすかに震える。
ひろしが冷ややかな目で遥を監視し、無言の圧力をかけていた。
『え、モデル? 私でもできるやつ?』
「う、うん……普通の服を着て、写真を撮ってもらうだけで……日給3万円、もらえるの……」
『3万!? え、めっちゃ良くない!? 行く行く! どこに行けばいいの?』
紗香の純粋な反応が、遥の心をナイフでえぐるように痛めつける。
彼女はひろしに指示された住所を、うわ言のように告げた。
通話が切れた後、遥はその場に崩れ落ち、両手で顔を覆ってむせび泣いた。
「よくできました。あとは彼女が来るのを待つだけですね」
ひろしの満足げな声が、密室に冷たく響いた。
それから約一時間後。
スタジオの重い鉄扉がノックされ、ガチャリと音を立てて開いた。
「遥ー? 着いたよー。ここ、なんか凄い怪しいビルだけど大丈夫……?」
ひょっこりと顔を出したのは、少し派手なメをした紗香だった。
彼女はスタジオ内の異様な空気と、無機質な機材、そして部屋の隅で膝を抱えて顔面を蒼白にしている遥の姿を見て、すぐに異変を察知した。
「え……なにこれ。遥、なんで泣いてるの? それに、この人たち……」
紗香が一歩足を踏み入れた瞬間。
背後の鉄扉が、重々しい音を立てて完全に閉められ、施錠された。
「ようこそ、紗香さん。お待ちしていましたよ」
ひろしが慇懃な作り笑いを浮かべて進み出る。
「ちょ、ちょっと待って。普通の服の撮影って聞いたんだけど……その床に落ちてるの、どう見ても……」
紗香の視線の先には、先ほど遥が着るのを拒否した、極小のレース下着が転がっていた。
事態を飲み込み始めた紗香の顔から、急速に血の気が引いていく。
「遥っ! これどういうこと!? あんた、私を騙したの!?」
紗香の怒りに満ちた声が飛ぶ。
遥は肩を震わせ、ただ「ごめんなさい、ごめんなさい」と蚊の鳴くような声で謝り続けることしかできなかった。
「……ごめんなさい……お願い、もうやめてください……っ」
「ふざけないで! 私、帰るから!」
紗香は踵を返し、ドアノブに手をかけた。
しかし、鍵の閉まった扉はびくともしない。
すぐに背後から二人の屈強なスタッフが迫り、紗香の両腕を乱暴に拘束した。
「きゃあっ! 離してよっ! なにするの!」
「残念だけど、あなたは遥さんの『身代わり』として呼ばれたんです。これは立派な契約なんですよ。彼女があなたの名前を出して、違約金の肩代わりとして差し出したんですから」
ひろしの言葉に、紗香は信じられないものを見るような目で遥を睨みつけた。
「遥……あんた……最低っ!」
「ひぐっ……うぅ……っ……ごめんなさい……っ」
遥は涙でぐしゃぐしゃになった顔を床に擦り付け、ひたすら謝罪の言葉を繰り返した。
自分が犯した罪の重さに、心が完全に押し潰されていた。
「さあ、おしゃべりは終わりだ。まずは彼女を黙らせろ」
ひろしの無慈悲な命令が下る。
スタッフの一人が、暴れる紗香の腕を無理やり背後に捻り上げ、太い麻縄で手首をきつく縛り上げた。
「痛いっ! やめ……っ!」
「うるさい女だな。これも着けておけ」
さらに、黒い革製のアイマスクが紗香の顔に被せられ、視界を完全に奪われた。
後頭部でバックルがきつく締められ、紗香は暗闇の中で恐怖に怯え、荒い息を吐きながら身体をよじらせることしかできなくなった。
「……さて。これで身代わりの準備は整いましたね」
縛られ、目隠しをされた親友の姿を前に、遥はただ絶望の底に突き落とされるのを感じていた。
自分が助かりたい一心でついた嘘が、最も大切な友人を地獄へと引きずり込んでしまった。
この密室のスタジオで、これから紗香の無防備な身体に、どんな破廉恥な凌辱が加えられるのか。
想像するだけで吐き気がこみ上げ、遥の震えは止まることを知らなかった。
逃げ場のない密室で、二人の女性の運命は完全に男たちの掌の上で転がされていた。
ここまで読んでくれてありがとう
選択を変えれば、結末は変わります。
別のルートを試すか、他の物語へ。



コメント