とある科学の密室指導―進路指導室に堕ちる超電磁砲の矜持と震える肢体
西日に照らされた校舎の廊下は、放課後独特の物悲しさと、部活動に励む生徒たちの喧騒が遠く混ざり合い、奇妙な浮遊感を漂わせていた。
御坂美琴は、目的の部屋――「進路指導室」の重い扉の前で、一度深く息を吐いた。
普段の彼女であれば、こんな場所に呼び出される筋合いはないはずだった。学業成績は優秀、名門・常盤台中学においても、学園都市に七人しかいない「超電磁砲(レールガン)」としての責務を全うする彼女は、教師たちから見れば模範的な生徒であるはずだ。
しかし、数時間前の放課後、担任の坂口に呼び止められた際の、あの粘つくような視線が脳裏に焼き付いて離れない。
「御坂。放課後、進路指導室に来なさい。……大事な話がある」
事務的な口調とは裏腹に、その瞳の奥には、彼女が今まで経験したことのない、どろりとした感情が渦巻いているように見えた。
美琴は小さく首を振り、迷いを振り払うようにノックを二回、静かに行う。
返事を待たず、扉を引いた。
室内は、窓から差し込むオレンジ色の光で満たされていたが、埃が舞う空気は淀み、特有の古い紙と加齢臭が混ざり合ったような、息苦しさを感じさせる匂いが鼻を突く。
部屋の奥、スチール製の机にどっしりと腰を下ろしているのは、担任の坂口だった。
「……失礼します。呼び出しの件ですが、一体何でしょうか」
美琴は扉の近くに立ち、彼との距離を保ったまま問いかけた。
彼女の直感が、この空間の異質さを察知し、無意識のうちに警戒心を強めていた。
坂口は無言のまま、机の上に置かれた一束の書類を指先でトントンと叩いた。
そして、眼鏡を指で押し上げると、ゆっくりと顔を上げる。
「まあ、そう急ぐな。そこに座りなさい、御坂」
促されたのは、坂口のすぐ目の前にある、硬いパイプ椅子だった。
美琴は一瞬躊躇したが、ここで拒絶する理由も見つからず、しぶしぶ席に着く。
革靴が床を擦る音さえ、この静寂の中では暴力的なほど大きく響いた。
「単刀直入に言おう。お前の成績についてだ」
「成績……? 私の成績に、何か問題があるとは思えませんが」
美琴は眉をひそめた。定期考査の結果も、実技演習の評価も、常にトップクラスを維持している自負がある。
「表向きの数字はそうだろう。だが、御坂……お前、外部での活動が多すぎて、必須科目の『特別倫理講習』の出席日数が、大幅に足りていない」
坂口が差し出したのは、出席簿のコピーだった。そこには、確かに彼女の名前の横に、いくつもの「欠」の文字が並んでいる。
「そんな……! それは、学園都市の治安維持協力ということで、学校側からも許可を得ていたはずです。単位の読み替えも認められていたはず……」
「そのはずだったんだがな。……最近、上層部の規定が変わってね。実地活動だけでは補えない『座学』の時間が、どうしてもあと数単位、足りないことになった。このままだと……お前の進級は危うい」
坂口の言葉は、冷酷な宣告のように美琴の鼓動を跳ねさせた。
進級が危うい。
常盤台の看板を背負い、期待されている彼女にとって、それは単なる留年以上の、決定的な挫折を意味する。何より、友人たちに、そして親に、どのような顔をすればいいのか。
(嘘でしょ……そんなの、聞いてない。私の今まで積み上げてきたものが、こんな紙切れ一枚で……)
美琴の指先が、制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
その様子を、坂口は逃さず観察していた。
「……何か、解決策はないんですか? 補習でも、追加のレポートでも、何でもやります」
「真面目だな、御坂。だが、正規の手続きを踏めば、審議会にかけられ、お前の活動経歴にも傷がつく。それは避けたいだろう?」
坂口は、椅子をゆっくりと美琴の方へ引き寄せた。
膝と膝が触れそうな距離。美琴は思わず身を引こうとしたが、彼の発する威圧感が、彼女をその場に縫い付けた。
「ひ、坂口先生……?」
「俺は、お前のよき理解者でありたいと思っている。お前のような優秀な生徒が、こんな些細な事務的ミスで将来を台無しにするのは、忍びないんだ」
坂口の声が、一段低くなった。
それは慈悲深い教師のようでもあり、獲物を追い詰める猟師のようでもあった。
彼は机の上に身を乗り出し、美琴の顔を覗き込む。
「俺の裁量で、出席日数を改竄することは可能だ。上には、俺が個別指導を行ったという体裁で報告すれば済む話だからな」
「え……」
希望の光が見えた気がして、美琴は坂口を直視した。
しかし、その瞳に宿る卑俗な光に、彼女の背筋に冷たいものが走った。
「ただし、だ。……当然、それには相応の『誠意』を見せてもらわなければならない。教師と生徒、一対一の、密な信頼関係の証明をな」
坂口の手が、ゆっくりと机の上を這い、美琴の重ねられた手の上に置かれた。
男性特有の、大きく、厚みのある手。
その熱が、彼女の肌を通じて不快な震えを呼び起こす。
美琴は反射的に手を引っ込めようとしたが、坂口の指が彼女の手首を強く、それでいて逃れられない力加減で掴んだ。
「な、何を……」
「御坂。お前は賢い少女だ。俺が何を求めているか、察しはつくだろう?」
坂口の指先が、美琴の手首の細い脈動をなぞる。
交際経験もなく、男性との接触を極端に避けてきた彼女にとって、この程度の接触でさえ、脳が警報を鳴らすほどの異常事態だった。
生理的な嫌悪感が、胃の底からせり上がってくる。
(気持ち悪い……。この人の手、じっとりしてて……。でも、ここで振り払ったら、私の進級は……)
「……私の言うことを聞くと約束するなら、単位の件は、俺の方で何とかしてやってもいい。進級も、卒業も、お前の望み通りだ」
坂口は、掴んだ美琴の手を、ゆっくりと自分の膝の方へと引き寄せた。
美琴は、羞恥と戸惑い、そして底知れぬ恐怖で、声が出せなかった。
「嫌、ですか……?」
坂口が耳元で囁く。その吐息が、彼女の髪を揺らした。
拒絶すれば、未来が閉ざされる。
受け入れれば、自分という人間が壊れてしまう。
究極の選択を迫られ、美琴の呼吸は浅く、激しく乱れていった。
「……っ……、あ……」
言葉にならない呻きが、彼女の唇から漏れる。
まだ、何も始まってはいない。
だが、この放課後の密室において、彼女のプライドという壁は、既に音を立てて崩れ始めていた。
「いい返事を聞かせてくれよ、御坂。……お前のことは、俺が一番よく分かっているつもりだからな」
坂口の手が、彼女の制服の肩に置かれ、重みが加わる。
沈みゆく太陽が、部屋をさらに深い朱色に染めていく。
逃げ場のない静寂の中で、美琴はただ、自らの心臓の鼓動が早まるのを、絶望と共に感じていた。
坂口の大きな掌は、薄いブラウス越しであっても、その生々しい肉の厚みを伝えてくる。
美琴の華奢な肩は、その重圧に耐えかねるように小さく震え、彼女の頬には不本意な紅潮が浮かび上がっていた。
それは決して快感によるものではなく、激しい動揺と、自らの置かれた状況に対する耐え難い屈辱からくる生理反応だった。
坂口の指先が、襟元をかすめる。
カサカサとした乾燥した指先が、まだ男性を知らない彼女の柔肌をなぞるたび、美琴は全身の血が逆流するような戦慄を覚えた。
(やめて……。触らないで。誰か……誰か助けて……)
心の叫びとは裏腹に、彼女の身体は硬直したまま動くことができない。
もし、ここで「超電磁砲」としての能力を解放すれば、目の前の卑劣な男を消し飛ばすことなど容易いだろう。
しかし、その瞬間に彼女の輝かしい未来は文字通り灰燼に帰す。
学園都市の権威、常盤台の看板、そして何より友人たちの信頼。
それらすべてを守るための代償が、今、坂口の下卑た視線によって値踏みされている。
坂口は、美琴の耳たぶを薄い唇で食むように近づき、湿り気を帯びた声を落とした。
「お前は処女だろう? 傷つく必要はない。これは、お前が立派な大人になるための、ほんの少し過激な『特別授業』に過ぎないんだからな」
その言葉が、美琴の耳腔を汚泥のように満たしていく。
彼女の脳裏には、夕暮れの教室で笑い合う黒子や初春、佐天たちの姿が掠めた。
その光景が遠ざかれば遠ざかるほど、目の前の現実の重みが、彼女の細い腰へと沈み込んでいく。
坂口の手が、肩からゆっくりと腕を滑り、彼女の細い腰を抱き寄せた。
強引な力で引き寄せられ、美琴の胸元が坂口の分厚い胸板に押し付けられる。
「ひっ……!」
短い悲鳴が漏れる。今まで家族以外の異性と、これほどまでの密着を経験したことがなかった。
厚い制服越しであっても、男の骨格の硬さ、そして服の下に隠された醜悪な熱情が伝わり、美琴の胃の奥は激しく痙攣した。
「いい身体だ……。さすがはレベル5。その辺の小娘とは、肌の弾力からして違うな」
坂口の指が、彼女の背筋をなぞり、ブラジャーのホックがある辺りを弄ぶように動く。
美琴は絶望に瞳を潤ませ、ただ天井の隅に溜まった埃を見つめることしかできなかった。
そこには、学園都市の平和を守る英雄の姿はなく、ただ、大人たちの身勝手な欲望に絡め取られた、一人の無力な少女がいた。
放課後の進路指導室。
西日はすでに沈みかけ、部屋の隅々にはどろりとした闇が侵食し始めていた。
その闇は、御坂美琴という光り輝く存在を、これからゆっくりと、そして確実に飲み込もうとしていた。
坂口の指先が、彼女の胸元の第一ボタンに触れた。
「あ、……っ……!」
美琴の喉が小さく鳴る。ボタンが穴を通り抜ける微かな抵抗が、彼女の指先にまで伝わってくるようだった。
一つ、また一つと、彼女を外部の世界から守っていた布地が剥がされていく。
開かれたブラウスの間から、冷え切った室内の空気が、熱を持った彼女の鎖骨へと触れた。
「ひ、坂口先生……もう、やめて……っ」
「……声が小さいな。そんなんじゃ、俺に拒絶の意志は伝わらんぞ?」
坂口はわざとらしく耳を近づけ、彼女の首筋に執拗な愛撫を繰り返した。
美琴の身体は、恐怖と屈辱でガタガタと震え、指先からは微かな放電が漏れ出していた。
しかし、その電撃は男を退けるためではなく、己を律するための苦し紛れの抵抗に過ぎなかった。
やがて、彼女の胸元を飾っていたリボンが、坂口の乱暴な手つきによって解かれ、床へと力なく落ちた。
「……っ……、ぅ……」
視界が涙で歪む。
目の前に広がる光景は、彼女が今まで見てきたどんな「悪」よりも卑劣で、逃げ場のない絶望に満ちていた。
坂口の目は、もはや教師のそれではなく、ただ純粋に、目の前の獲物を味わい尽くそうとする獣のそれへと変貌していた。
彼は美琴の開いた襟元に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「……いい匂いだ。若さと、そして恐怖が混じり合った、最高の香料だな」
美琴は、その言葉に、自分という存在が「物」として扱われていることを、嫌というほど思い知らされた。
彼女の誇り、彼女の力、彼女の思い出。
それらすべてが、この湿り気を帯びた空気の中で、汚濁にまみれていく。
進路指導室の床を這う影は、もはや彼女の逃げ道を完全に塞いでいた。
坂口の手が、ついにブラウスの奥、彼女が大切に守ってきた乳房の膨らみへと伸びる。
「やっ……、だ……!」
咄嗟に両手で胸を隠そうとした美琴だったが、坂口はその両手を軽々と一纏めにし、彼女の頭上へと押し上げた。
「暴れるな。……痛い思いをしたいのか?」
男の冷徹な声が、彼女の細い脳髄を叩く。
美琴は、ただ、激しく上下する自らの胸元を、為すすべなく晒すことしかできなかった。
夕日は完全に沈み、部屋には、二人の歪な呼吸音だけが、重苦しく響き渡っていた。
そこにあるのは、救いのない、残酷なまでの現実だった。



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