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兄と妹、目前で壊される妹、終わらない悪夢の記録:vol.1(侵入者の影に怯える夜)
リビングに響く緊張と静寂――侵入者の影に怯える夜
夜の帳が静かに街を包み、外泊中の両親に見送られて、広々とした家の中はどこか落ち着かない静けさに満ちていた。
遥の住む家は、学生街の片隅にひっそりと建っている二階建ての一軒家。
玄関から続く廊下の奥、生活の中心となるリビングルームには、遥の兄――ひろしの姿があった。
社会人になったばかりの彼は、少し疲れた様子でソファに深く腰掛け、スマートフォンをいじっている。
時計の針は夜の九時を指している。
遥は自室で課題に追われていた。
淡い灯りが机の上を照らし、ノートの隅には震えるような文字が並ぶ。
兄と二人きりの夜。
思春期の頃から、兄に対する気持ちはどこか特別で、だがそれは恋愛感情とは違う、絶対的な安心感――家族としての信頼であった。
男の人が苦手な遥にとって、唯一心から気を許せる男性。それがひろしだった。
静寂の中、不意に玄関の扉が激しく開く音が響いた。
重い足音が廊下を踏み鳴らし、リビングのドアが乱暴に開かれる。
「動くな」
低く、凍りつくような男の声。
手には鋭いナイフが握られ、光を反射してぎらりと光る。
ひろしはとっさに立ち上がろうとしたが、その場に釘付けにされる。
恐怖がリビングを支配し、空気が凍りついたように重く沈む。
男は目深に帽子をかぶり、顔半分を黒いマスクで覆っている。
何の前触れもなく、家の中に現れたその男――明らかに強盗の風貌だった。
「金だ。どこにある」
男の目がひろしを射抜く。
ひろしは咄嗟に財布を差し出し、震える声で答えた。
「や、やめてください。金なら全部渡しますから……妹には手を出さないでください」
だが、男は無言でひろしの腕を掴み、ソファにねじ伏せた。
ナイフの先端が頬に触れる。
冷たい刃の感触に、ひろしは反射的に身体を硬直させた。
男はポケットから黒いビニール紐を取り出し、ひろしの手首を後ろで縛り上げる。
床にうつ伏せにされ、身体をさらに厳重に縛られ、足首までもが動かせなくなる。
自由を奪われたまま、ひろしは必死で遥のことを思った。
(遥にだけは……絶対に、何もさせない)
喉の奥が焼けつくように乾き、心臓の鼓動が耳の奥でやけに大きく響いた。
男はひろしの口元にガムテープを貼り付け、呻き声すら許さない。
そして、無遠慮な足音を響かせながら、リビングを後にした。
廊下の奥、静まり返った遥の部屋の前で男は足を止める。
静けさを破る激しいノックの音が遥の胸に警鐘を鳴らす。
遥は慌てて立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
(誰……?お兄ちゃん?)
だが、その瞬間。
ドアが乱暴に押し開けられ、男が姿を現す。
手にはナイフ。
目を見開き、遥は身体が震えるのを感じた。
「声を出すな。おとなしくついてこい」
凍りついたような威圧感に、遥は抵抗する余地を失った。
呼吸は浅くなり、冷や汗が背中を流れる。
男は遥の腕を無造作に掴み、廊下を引きずるように歩き出す。
遥の心は、恐怖で打ち震えていた。
頭の中では、お兄ちゃんの顔が浮かぶ。
(お兄ちゃん、助けて……怖い……)
声にならない悲鳴が、喉の奥で震えた。
リビングに引き戻された遥は、ソファの前でひろしの姿を見つける。
うつ伏せに床に倒され、動くことも喋ることもできない兄。
目が合った。
お兄ちゃんの瞳が、涙ぐみながら必死に何かを訴えている。
(大丈夫、絶対に……私、負けない)
遥の脳裏に、決意の火が灯る。
だが現実は残酷だった。
男は遥の両手首を容赦なく縛り、さらに足首も締め付ける。
ひろしのすぐ隣、床に押し倒された遥。
唇を噛みしめ、恐怖に顔を強張らせる。
だが、それでもお兄ちゃんの前で泣くまいと、必死に耐える。
「おまけがついたな」
男の低い声が、遥の耳にぞっとする冷たさで響く。
部屋の空気が変わる。
電気の光はどこか薄暗く、照らされた二人の身体に影を落とす。
遅れて、遥の頬を一筋の涙が伝う。
兄の目前で、自分がどうされるのか――想像したくなくても、考えずにはいられなかった。
(やだ、いや……お兄ちゃん、私、どうしたら……)
ナイフの冷たい輝き。
手足の痛み。
不自由な身体で、遥は必死に兄の顔だけを見ていた。
それだけが、現実の中で唯一の救いだった。
兄もまた、もがこうとする。
だが、何もできない。
助けたい――けれど身体は縛られ、声も出せない。
遥は嗚咽を飲み込み、唇をぎゅっと噛みしめた。
(お兄ちゃんがいる。お兄ちゃんが見てくれている。絶対、絶対に……)
部屋には、強盗の荒い呼吸と、遥とひろしの微かな震えだけが残された。
時が止まったような、永遠にも思える沈黙。
夜の闇は窓の向こうで深く深く濃くなっていく。
「静かにしていれば、痛い目には遭わせない」
そう言い残し、男はリビングを歩き回り始めた。
机の引き出しや棚、隅々まで手早く金目のものを物色する。
小銭入れ、封筒に入った現金、テレビのリモコンの下に置かれた財布――
ひとつひとつを冷酷な手つきで確かめていく。
遥とひろしは、床に並んで動けないまま、時間だけが無情に過ぎていくのを感じていた。
身体は縛られ、視線だけが互いを探す。
(お兄ちゃん、大丈夫? ごめんね、私、何もできなくて……)
遥の心の声が、沈黙の空気に溶けていく。
兄も、必死で妹の無事を祈っていた。
(どうか、遥だけは……)
金品をあらかた袋に詰め終えると、男はふたたび二人の方へと歩み寄る。
その瞳に浮かぶ欲望の色。
空気が一層、粘りつくような不穏さに包まれる。
(もう終わり? 早く出て行って……)
遥は祈るように目を閉じた。
だが、現実は容赦なかった。
男の手が、遥の頬に伸びる。
ぞくりとする感触に、全身が震えた。
(触らないで……お願い、誰か助けて……)
遥の涙がまた、ひとすじ、床にこぼれ落ちた。
リビングには、夜の静寂と二人の震え、そして男の不穏な足音だけが残された。
――この時、遥もひろしも、二人の運命が大きく揺らごうとしていることを、ただ感じていた。
マワサレヒメ -白濁の記憶-
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