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【処女喪失】弱みを知られた上司に、二十七歳の初めてを教わる遥:vol.2(二十七歳の秘密)
九時ちょうどに、遥は部長室のドアをノックした。フロアにはもう誰も残っていなかった。非常口の緑のランプと、部長室から漏れる明かりだけが、暗い廊下を照らしていた。入れ、という声は、昼間と少しも変わらなかった。
桐生はネクタイを緩め、ソファのほうに座っていた。机の上の白い箱は、昼と同じ場所に置かれたままだった。座ってくれ、と言われ、遥は向かいのソファの端に浅く腰かけた。膝の上で組んだ指が、自分でも分かるほど震えていた。
お願いというのは何だ、と桐生は聞いた。急かす口調ではなかった。遥は何度も頭の中で練習した言葉を、一つずつ探した。けれど、練習した順番どおりには、何ひとつ出てこなかった。代わりに出てきたのは、いちばん最後に言うつもりだった事実だった。
「私……まだ、一度もしたことがないんです」
言ってしまってから、遥は膝の上の手を見つめた。桐生の顔を見ることができなかった。二十七歳で、と小さく付け足す。恋人はいたこと。最後の手前で、いつも身体が固まってしまったこと。それが怖くて、もう誰とも付き合えなくなったこと。
話しているうちに、言葉が止まらなくなった。だから箱の中身を買ったのだ、と遥は言った。人とする前に、自分の身体に慣れておきたかった。一人で何度か、指で練習もした。けれど、怖くて奥までは触れられなかった。そこまで言って、遥はようやく口を閉じた。
桐生は、しばらく何も言わなかった。笑いもせず、驚いた顔もしなかった。ただ、遥の話を最後まで聞き終えたという顔で、静かに息を吐いた。それで、俺に何を頼みたい、と彼は聞いた。答えは、もう一つしかなかった。
「教えてほしいんです。部長に」
部長室の時計の秒針が、やけに大きく聞こえた。遥は、断られると思っていた。上司と部下だ。こんな頼みごとを受ける理由は、桐生には一つもない。それでも、言わずに帰ることはできなかった。言わなければ、明日からこの人の前でまともに顔を上げられない。
桐生は立ち上がり、窓のブラインドを最後まで下ろした。それから遥の前に戻ってきて、条件がある、と言った。一つ目。どの段階でも、君がやめてと言ったら、その場でやめる。理由は聞かない。二つ目。翌朝には、上司と部下に戻る。会社では、何もなかった顔をする。
三つ目、と桐生は少しだけ間を置いた。今夜は、最後まではしない。初めてなら、なおさら急ぐことはない。今日は、触れられることに慣れるところまでだ。それでいいか、と聞かれ、遥は膝の上で両手を握りしめたまま、小さく頷いた。
桐生が遥の隣に腰を下ろした。ソファが沈み、二人の肩が触れ合った。顎に指が添えられ、顔を上げさせられる。間近で見る桐生の目は、会議のときよりもずっと柔らかかった。目を閉じろ、とは言われなかった。遥は自分から目を閉じた。
閉じた瞼の裏で、遥は自分の鼓動を数えていた。会議室で何十人を前にしても、こんなに速くなったことはない。桐生の匂いがした。煙草ではなく、乾いた紙とコーヒーと、ほんの少しの整髪料の匂い。毎日すれ違っていたはずなのに、初めて知る匂いだった。
唇が触れた。軽く、押し当てるだけのキスだった。それだけで、遥の肩がびくりと跳ねた。桐生は唇を離し、遥の顔を確かめてから、もう一度重ねた。今度は少し長く。遥の唇の端を、桐生の唇がゆっくりとなぞっていった。
キスは、初めてではなかった。けれど、こんなふうに相手の反応を待ちながらされるキスは、初めてだった。急かされない。押しつけられない。遥の息が乱れると、桐生は動きを止め、落ち着くのを待ってから続けた。そのたびに、遥の身体から余計な力が抜けていった。
桐生の手が、ブラウスの上から遥の肩に触れた。腕を撫で下ろし、腰のあたりで止まる。服の上からだ、と桐生は耳元で言った。嫌なら言え。遥は首を横に振った。手のひらが脇腹を這い上がり、ブラウス越しに胸の膨らみを包んだ。
「あ……」
声が漏れた。自分の声とは思えないほど、細く甘い声だった。桐生の手は、胸を揉むというより、形を確かめるように動いていた。親指が、布地越しに先端の位置を探り当てる。そこを軽く撫でられた瞬間、遥の背中が勝手に反った。
服の上からなのに、と遥は思った。ブラウスとブラジャー、二枚の布を隔てているのに、指の熱がまっすぐに届いてくる。一人で触ったときには、こんなふうにはならなかった。他人の手だというだけで、身体がまるで違うものになっていく。
桐生の手が、胸から腹へ、腹からスカートの上の太ももへと降りていった。膝の少し上で止まり、そこから内側へ指を滑らせる。遥は思わず膝を閉じた。桐生は手を止め、遥の顔を見た。やめるか、と目が聞いていた。遥は、閉じた膝の力を、少しずつ抜いた。
スカートの上から、指が脚の付け根に触れた。布越しに、そっと押し当てられる。その瞬間、桐生の指が止まった。遥にも分かった。スカートの上からでも分かるほど、そこが熱く湿っていることが。昼間、この部屋で箱を見たときから、ずっと。
濡れている、と桐生は低く言った。からかう声ではなかった。事実を確かめただけの、静かな声だった。それなのに、遥は顔を覆いたくなるほど恥ずかしかった。上司に、自分の身体の正直さを知られてしまった。箱の中身よりも、ずっと深い秘密を。
桐生は指を離し、遥のスカートの裾を整えた。今日はここまでだ、と彼は言った。約束どおり、と。遥は乱れた息のまま、桐生の顔を見上げた。ここで終わるのが、ひどく心細かった。身体の奥に灯った熱が、行き場をなくして疼いていた。
「……続きを、教えてください」
桐生は遥の髪を一度だけ撫でた。明日の土曜、夜七時に俺の部屋に来い、と彼は言った。住所は、あとで送る。来なくてもいい。来なかったら、今夜のことは全部なかったことにする。遥は、行きます、と答えた。迷う間は、少しもなかった。
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