【処女喪失】弱みを知られた上司に、二十七歳の初めてを教わる遥:vol.1(誤配送の箱)

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【処女喪失】弱みを知られた上司に、二十七歳の初めてを教わる遥:vol.1(誤配送の箱)

▶ 選んで結末が変わる物語(全25話・6結末)

金曜の午後四時、遥の内線が鳴った。部長室まで来てくれ、と桐生の声は短かった。企画書の差し戻しだろうと思い、遥はファイルを抱えて席を立った。後輩の佐々木が、また部長ですか、と小声で笑った。遥は肩をすくめて、廊下の奥へ向かった。

部長室のドアをノックすると、入れ、と返事があった。桐生は窓際の机で書類に目を落としていた。入って閉めてくれ、と言われ、遥は後ろ手にドアを閉めた。ブラインドが半分下りていて、午後の光が床に縞を作っていた。

机の上に、見覚えのある段ボール箱が置かれていた。手のひらに載るほどの、白い小さな箱だった。伝票には、遥の名前と、会社の住所が印字されている。差出人の欄には、聞き慣れない雑貨店の名前があった。遥の喉が、ひゅっと鳴った。

部長室の空気が、急に薄くなった気がした。空調の低い音だけが、やけに耳につく。遥はファイルを胸の前で抱え直した。指先が冷たくなっているのに、手のひらには汗がにじんでいた。

自宅だと平日に受け取れないから、会社宛にしたのだった。中身が分からないように、品名は雑貨と書かれる店を選んだ。それなのに、箱の封は切られていた。テープが一辺だけきれいに剥がされ、蓋が少し浮いている。

総務が宛名を読み違えて、俺の名前で受け付けたらしい、と桐生は言った。部長宛の荷物として、朝のうちに秘書が机に置いた。俺は自分の注文だと思って、開けた。開けてから、伝票を見た。桐生は淡々と、そう順を追って説明した。

遥は何も言えなかった。箱の中に何が入っているかは、自分がいちばんよく知っていた。薄いピンク色の、卵ほどの大きさの機械。夜中に何度も商品の説明を読み返して、ようやく注文ボタンを押したものだった。

届いたら、週末の夜に試すつもりだった。シャワーを浴びて、部屋の明かりを落として、誰にも邪魔されない時間に。その小さな計画が、今、上司の机の上に晒されている。遥は箱から目を逸らすことができなかった。

社内便で回っていたら、と桐生は続けた。総務の誰かが、仕分けのときに中を確かめていたかもしれない。その前に俺が気づいてよかった。桐生は箱の蓋をそっと押さえ、遥のほうへ机の上を滑らせた。中身は見ていない、とは言わなかった。

遥の顔が、首まで熱くなった。仕事で失敗したことは何度もある。けれど、こんな種類の恥ずかしさは知らなかった。会議で一度も言葉に詰まったことがないと言われる自分が、今、上司の前で指先ひとつ動かせずにいる。

誰にも言わない、と桐生は言った。秘書にも、総務にも。この箱がここにあったことは、俺と君しか知らない。それで終わりだ。桐生はそう言って、もう一度書類に視線を戻そうとした。話はそれだけだ、という態度だった。

それで終わり、という言葉が、かえって遥を落ち着かなくさせた。終わるはずがない。部長は知ってしまったのだ。部下が、夜にひとりで何をしようとしているのか。明日も明後日も、会議のたびに、この人はそれを知った目で自分を見る。

そう考えた瞬間、遥は自分の身体の変化に気づいて、ぞっとした。脚の間が、じわりと熱を持っている。恥ずかしくてたまらないはずなのに、下着の内側が、少しずつ湿っていく。遥は膝を固く閉じ、スカートの裾を指で押さえた。

「あの……黙っていていただく代わりに、何か」

口から出た言葉に、遥自身が驚いた。何を差し出すつもりなのか、自分でも分かっていなかった。ただ、借りを作ったままでは立っていられない気がした。桐生が顔を上げ、遥をまっすぐに見た。

取引はしない、と桐生は言った。声は低く、少しも揺れていなかった。部下の私物を勝手に開けたのは、こちらの落ち度だ。黙っているのは当たり前のことで、何かをもらう理由にはならない。そんなことを言わせて、すまなかった。

遥は唇を噛んだ。謝られるとは思っていなかった。脅されることも、からかわれることも、どこかで覚悟していた。そのどちらでもない声に、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。緩んだ隙間から、別の何かが顔を出した。

桐生は、それ以上何も言わなかった。箱を受け取って出ていけ、とも言わない。遥が自分で動くのを、ただ待っている。その沈黙が、不思議と怖くなかった。むしろ、この部屋の中でだけは、何を言っても許されるような気がした。

それは、誰にも言ったことのない秘密だった。箱の中身よりも、もっと奥にしまってあるもの。二十七歳になっても、まだ一度も男の人を受け入れたことがない。恋人はいた。けれど、いつも最後の手前で怖くなって、身体が固まってしまった。

二十五を過ぎたころから、遥はそのことを誰にも話さなくなった。友人たちの話に、適当に笑って相槌を打つ。経験があるふりをするのは、仕事で強がるよりもずっと簡単だった。けれど、ふりを続けるほど、本当のことは言えなくなっていった。

この人なら、と遥は思った。取引はしないと言い切った人。知ってしまったことを、知ったまま黙っていられる人。この人になら、もう一つの弱みを見せても、それを使われることはないのかもしれない。

箱を受け取るために伸ばした手が、途中で止まった。桐生が、どうした、と目で問いかけた。遥は箱から手を離し、ゆっくりと息を吸った。心臓の音が、自分の耳に届くほど大きかった。

「……取引じゃなくて、お願いがあります」

桐生は黙って、遥の次の言葉を待っていた。窓の外で、救急車のサイレンが遠ざかっていった。今日は残業になる、と遥は言った。終わってから、もう一度ここに来てもいいですか。桐生は少しの間を置いて、九時なら空いている、と答えた。

部長室を出ると、廊下の蛍光灯がやけに白く見えた。自分の席に戻り、パソコンの画面を開いても、文字が少しも頭に入ってこなかった。佐々木が、顔赤いですよ、と首を傾げた。遥は、空調が暑くて、と答えて、冷めたコーヒーを一息に飲み干した。

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