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【騎乗位】自分で腰を沈めるしかない遥:vol.1(動かない男)
▶ 選んで結末が変わる物語(全30話・6結末)
夜の十一時を回った管理人室には、湿った畳と古い煙草の匂いがこもっていた。ノックをしたのは遥のほうだった。三日前の夜中、翔太が怒ったように靴を鳴らして出ていったあと、廊下の隅でしゃがみこんでいた遥に声をかけたのは、ゴミ出しの曜日しか口にしたことのない管理人の堂島だった。泣きながら打ち明けたのは、二度とも途中で痛みに身体がすくみ、翔太を突き飛ばしてしまったことだった。堂島はしばらく黙ってから、「男に任せるから痛いんだ。自分で沈めれば、自分の速さで入る」とだけ言って、部屋へ戻っていった。
その一言が、三日間ずっと頭から離れなかった。来週は翔太の誕生日で、三度目も駄目だったら、もう終わりになる気がしていた。堂島はテレビの前のくたびれたソファに仰向けに沈み、灰色のスウェットの脚を投げ出したまま、両腕を肘掛けの外へだらりと垂らした。それから胸ポケットから銀色のストップウォッチを取り出し、自分のシャツの胸の上に平たく置いた。
「俺は動かない。指一本もな。跨るのも、脱ぐのも、入れるのも、全部お前がやれ。十分のあいだ一度も止まらずにいられたら、最後まで付き合ってやる。止まったら、この話は二度としない」
冗談で言っているのではないことは、濁った目を見れば分かった。耳の奥で自分の脈がうるさく鳴り、襖の向こうでは古い冷蔵庫が低く唸っている。天井の上、三〇二号室の美咲の部屋の床が、まだ起きている誰かの体重でかすかに軋んだ。女性専用のこの家で、夜中に管理人室へ一人で入ったと知れたら、どんな噂が立つか分からない。それでも遥は、扉の鍵を自分の手で回した。「……お願いします」と言った声は、自分の喉から出たとは思えないほど掠れていた。堂島は返事の代わりに親指でボタンを押し、液晶の数字が音もなく減り始めた。
投げ出された男の腰を跨ぐには、紺のフレアスカートをたくし上げるしかなかった。震える指で裾をつまんで持ち上げると、蛍光灯の白い光の下に自分の太ももがさらけ出される。テニスで締まったはずの脚が、膝から下だけ情けないほど小刻みに震えていた。片膝を座面に乗せると古いスプリングが沈み、もう片方の膝を男の腰の向こうへ回したとき、遥は生まれて初めて、自分から男の身体の上に跨っていた。
堂島は本当に動かなかった。腕は肘掛けの外に垂れたまま、濁った目だけが下から遥を見上げている。座り込むことも浮かせ続けることもできない半端な高さで太ももが痙攣し、耐えきれずに腰を落とした瞬間、スウェット越しの硬く熱い塊が、薄い綿の下着のちょうど真ん中に押し当たった。息を呑んで腰を浮かせると、「止まりかけたな。残り八分四十」と、男は胸の数字を見もせずに言った。遥は唇を噛んで、もう一度、自分から腰を沈めた。布一枚を隔てて、男の熱が自分のいちばん柔らかいところにじかに押しつけられる。翔太とのときは、ここまで来る前に身体が固まっていた。
「擦れ。慣らすのはお前の仕事だ」と言われ、遥は男の胸に手をつくこともできないまま、膝の上で拳を握って腰を前へ数センチ滑らせた。乾いた布の感触のすぐあとに、下着の内側で、硬い肉の形がくっきりと浮かび上がる。後ろへ戻し、また前へ。往復するたびに先端が布越しに一点を押し上げ、そこを通るたびに膝の力が不意に抜けて、抜けた分だけ体重が乗り、押し当てられる強さが増していく。下着の奥がゆっくりと湿っていくのが、自分でもはっきり分かった。男は何ひとつしていない。寝そべっているだけの身体に、遥のほうが自分から濡れた場所を押しつけているのだった。
恥ずかしい、と思った。男の部屋着からは洗剤ではなく古い汗の匂いがして、顎の下には剃り残した灰色の髭がまばらに光っている。父親とそう変わらない年の男のたるんだ喉が、一度だけ上下した。この男が興奮している証は、それだけだった。こんな人の上で、こんなふうに。そう思うほど下腹の奥が縮み、縮んだところからまたぬるい蜜が滲み出して、布をさらに重くした。翔太の前では怖くて固まっていた身体が、自分の速さで動いているあいだは、少しも竦んでいなかった。
胸の上の数字は、いつのまにか六分を切っていた。前へ滑らせるたびに少しだけ深く腰を落とし、戻すときに少しだけ浮かせる。その加減を、遥は誰にも教わらずに自分で探り当てていた。強く押しつければ下腹が熱く痺れ、浅くすれば物足りなさだけが残る。物足りないと感じている自分に気づいて、頬が燃えるように熱くなった。堂島は相変わらず指一本動かさず、遥の腰がどこで止まりかけ、どこで速くなるかを、値踏みするような目で数えている。見られていると思うほど、腰の往復は細かく、速くなっていった。
そのとき、廊下でスリッパの音がした。全身が凍りつく遥の背後で、足音は階段を下りきり、扉のすぐ前を通り過ぎて、洗面所の引き戸を開けた。水の流れる音と、歯ブラシが歯に当たる音が続く。ほんの三メートル先に誰かがいて、扉の磨りガラスには廊下の灯りが四角く滲んでいる。「止まったら終わりだぞ」と堂島が唇の動きだけで告げ、胸の上の数字が遥を見上げた。遥は唇を噛み、音を立てないように、ほんの少しだけ腰を前へ滑らせた。湿った布が男の硬さの上でかすかに鳴った気がして、背筋が粟立つ。足音が階段を上りきるまで、遥は泣きそうな顔のまま、それでも自分の意思で腰を揺らし続けた。
「服の上からじゃ十分はもたん。入れるところまでが約束だ」堂島の視線が、ブラウスのいちばん上のボタンに止まった。「脱げ」。跨ったまま脱げば男の目の真上で肌を晒すことになり、降りて脱げばその間も数字は減り続ける。遥は降りなかった。震える指先が、喉元の小さなボタンに触れた。
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